「バカ塗りの娘」私的レポート

 

 

 

これから「バカ塗りの娘」を見て思ったことをつらつらと書きたいと思います。

ストーリーや人物考察を書きたいぐらいのめり込んで色々考えられる映画でございました。

 

なおこれから書く内容はあくまで映画だけを見て考えたもので、事前に読んだ原作本、インタビューの内容は踏まえません。

ご留意下さい。

 

 

・ストーリー

 

ストーリーは無駄がなくスッキリとしたものだったと思います。

この台詞や場面が後々になってさらに意味をもたらしてくのも良かったです。

 

脚本やプロットを綿密に編み込んでいったんでしょうね。

自分も趣味で創作をしてるのでこういうふうに作ってみたいわと思いました。

 

話は弘前の四季折々の風景とともに進んでいく。

弘前に慣れ親しんだ方はおっと思うんだろうし、行ったことがない人は綺麗だなとか行ってみたいと思わせるのではないだろうか。

私も機会があれば足を運んでみたくなりましたもん。

 

基本軸は津軽塗と美也子の成長だけど、現代に根深く残っている考えや慣習がストーリーの中に張り巡らされていた。

これ見る人によってはぶっ刺さるところ違ってくるのかなと思いました。

私は母親の美也子への台詞がきつかったです。

これまでの人生、自分を消したいぐらいには思ってるので……好きな人たちのおかげで生きながられているようなものです。

 

本当に感心させられる脚本。

おかげでこうして文章を書きたい欲が高まりました。

ありがとうございます。

 

 

・美也子

 

 

続いては人物についての考察。

美也子とユウ、父母、あと鈴木尚人さんを掘り下げたいと思います。

 

まずは主人公の美也子。

スーパーのパートと家業の手伝いをしている。

引っ込み思案で少し自分の世界に入る傾向あり。

その性格ゆえにスーパーのパートは上手くいってないような描写がある。

あと幼少期からずっと兄のユウと比較され続けたであろうから自己肯定感も低い。

……なんだか身につまされる。

 

そんな美也子の癒しや励みになっているのが通勤途中にある花屋で働いている尚人。

それを見ている人に即時に伝える堀田さんの演技力たるや。

また心から津軽塗が好きで、兄にやりたいことやりなよと言われたこともあり、津軽塗に専念していく。

 

尚人が兄のパートナーであることが分かって彼との交流を経て、また父の様子を見てピアノに津軽塗を施していこうとする描写は見ていて応援したくなる。

だって前の美也子だったら役所の人に申し出さえできなかったと思うから成長を感じ取れる。

途中父と母の言葉で挫折しかけるも祖父の言葉をきっかけに成し遂げる。

そのピアノが外国人の目に留まり、彼女の未来に希望が見える。

最後父親に「へば」と言ったときの表情は明るく、これなら美也子は大丈夫だろうと思わせてのエンドロール。

彼女の成長が手に取るように分かって、やっぱり良い脚本だとなってしまうな。

そしてその様子を観客に伝えられる堀田さんもお見事でした。

だから堀田さんをメディアを見る度に俺たちの堀田さんだとなってしまうのは許して下さい(笑)

 

 

・ユウ

 

美也子の兄で父親の跡は絶対継がないと決めている。

周囲から跡を継ぐと思われてる中、どこからそういう気持ちが芽生えたんだろうなと思ってしまう。

妹の美也子に対してはやりたいことやんなよと言い、津軽塗を楽しむ美也子のことは応援していて妹思いであることが窺える。

出ていった母親には尚人のことを報告しており、普通の親子関係だと分かる。

尚人を青木家に連れていく前に祖父のことを美也子に尋ねたり、葬儀の際には恐らく自分が子供の時に塗った箸を握りしめ、ごめんと呟いたことから祖父に対しては申し訳なさが立っている。

 

家族の中でユウが唯一嫌悪を向けるのは父親だ。

後述すると思うけど、父親はTHE職人気質の人。

口数は多くないし、愛情表現なんてまずする人じゃないだろう。

家庭をあまり顧みず、漆一筋でやってきて、だから母親が出ていって。

だから跡を継ぎたくないと思って、自分の心に正直に生きた結果の今という感じだろうか。

葬式の時に父親の態度は軟化していったので、一歩前進してて欲しいなと願うばかり。

あとは尚人とお幸せに。

そして俺たちの坂東さんと思うのはお許しください(笑)

 

 

・清史郎

 

ユウ・美也子の父で津軽塗職人。

こんな職人さんいそうと思わせる小林薫さんが凄い。

最後のシーンの背格好が私の父親に似てると思っちゃって、こんな親父さんいるわと思わせてくれた。

 

THE職人気質なステレオタイプっぽいお父さん、なんだけど、その背景を探れば興味深い人物になる。

まず父親が文部科学大臣賞に選ばれたことのある、言わずと知れた名匠。

そんな父親の元で、父親と比べられながら漆をやってきたんだろうなと想像できる。

そんな父親も年を取り今では施設暮らし。

工房を一人で切り盛りするしかなかった。

その頃ますます漆一筋にやって来たから妻に愛想を尽かされてしまったのかなと考えると物悲しい。

 

このように一生懸命にやってても、今の時代手仕事のみの産業は厳しい。

どこかに自分の作品を出しても選外になってしまっては心も折れてしまうだろう。

もう潮時かなと思ってたところで一縷の希望だったはずのユウが跡を継がないし、ロンドンで同性婚をすると言いだすしでこれまでの彼の考えとは違うものが入ってきたら戸惑うし、決めつけたくなるのも分かる。

 

親心のない人ではないの。

でもそれが伝わりにくいし分かりにくいから家族の形が崩れていったんじゃないのかな。

お椀を塗っていくシーンの前で美也子が先に準備をしてるのを見て嬉しかったと思うのよ。

でも逆に親だからこそ斜陽と言われて久しい世界に子供を入れていいものかと思って手厳しいことを言ってしまう。

 

そんな清史郎も父親の言葉で変わっていく。

彼だって自分の家がそういう家だからという理由だけじゃなくて漆に魅了されてプライドを持ってやってたはずだから。

そこからは美也子の気持ちを優先し、津軽塗職人としての心構えを教える。

その声の温度はちゃんと愛情を感じられるものだった。

 

このように父親の変化を感じ取れるのも本作の魅力だなと思いました。

小林薫さんは競走馬のオーナーをされているので宮田さんの出演が発表されて以降小林薫さん所有の馬の馬券を買ってます。

映画が公開された週には所有馬が勝ちました。

これも何かの縁だと思うので小林薫さんの馬をこれからも応援していきます。

 

 

・多美子

 

ユウ、美也子の母親。

出演シーンは少ないけれど確実なインパクトを残している。

 

最初はもちろん好きで清史郎と結婚したのだろうけど、多分徐々にこんなはずじゃなかったと思い始めて義理の父親が施設に入ったぐらいから夫に愛想を尽かして出ていってしまったんだろうなと想像できる。

 

既に再婚していて小型犬なんて飼っていて人生を謳歌している様子が分かる。

 

美也子とバッタリ会ってフードコートで話すシーンはこれまでとは違ったアングルで、真正面に捉えたものだからこちらも否定されてる気分になった。

前述したけど、最初このシーン見たときマジできつかった。

まるで自分が言われてるみたいだった。

 

マンツーマンになったところで美也子と年の近い、傍から見たら輝かしい生活をしている同郷の人の話をするのがエグい。

この人はずっと意識的か無意識的か美也子の自己肯定感を下げ続けてきたんだなと感じられる。

せっかく変わっていった美也子があの場面では前の美也子になっていったから。

 

葬式の際は一線を引いていたのも印象的だった。

でも自分は既に再婚している身だからあれが正解だとは思う。

そして目も合わせない元夫に対して「へば」と言う。

少し調べたら「へば」は近しい間柄で使うものらしい。

完全な他人ではないと思わせてくれる別れだった。

 

そして美也子は別れ際母親に自分の作品を渡し、真っ直ぐに漆を続けると言った。

あれで母も美也子は昔とは違うと感じ取れただろう。

多弁ではない美也子が作品で自分の気持ちを示すのも良かった。

母親と青木家の関係はもう元に戻れないけれど、せめて今の形を保てればいいなと願うばかりだ。

 

 

鈴木尚

 

美也子が想いを寄せる花屋の店員。

そして淀んでいた青木家に風を吹かし、美也子の気持ちに変化をもたらすキーパーソンだ。

 

とにかく尚人は登場人物の中では異質な人だと思う。

でもその異質さが目立たず自然と溶け込んでしまうのだから凄いんだと思う。

 

内気で引っ込み思案な美也子が秘かに想いを寄せる相手となるとそれなりの納得感が必要だと思うんだけど尚人にはそれがあった。

パート先のスーパーで上手くいってない美也子が社交的で明るい尚人を見て少し元気になる描写は良いなと思った。

実際尚人はお客さんたちと仲が良い印象でどこかの10周年のパーティーに誘われたりと尚人目当てのお客さんも多いんだろうなと感じた。

 

そういうふうに憧れてる人に偶然仕事先で遭遇したらドキドキしちゃうよね。

しかもいつも見ている表情とは違うからね。

その人が落とし物をして勇気を出してそれを渡して、また勇気を出して花屋に足を運んで花も買って、しかも覚えてもらえてるんだから嬉しいよね。

この辺の美也子は健気で可愛らしい。

 

でもそんな秘かに憧れてる人が兄の恋人として彼女の前に現れるんだからそりゃ驚くし戸惑う。

既に失恋が決定的の中でロンドンで同性婚をすると言われ父と兄が決裂してしまうんだから気持ちはぐちゃぐちゃだ。

 

その翌日尚人は再び美也子の前に現れる。

私だったら何でおるの?って言いたくなる(笑)

話って何よとなってしまうのは分かる。

そこで尚人はユウのためにこのままじゃ駄目だと思ったことと今まで知らなかった彼のことを知って嬉しかったと語る。

そして自分とユウのことを知って欲しいとばかりに美也子の母校で現在は廃校となっている小学校へと誘う。

 

現実的なシーンが多い中で廃校となった校舎の中を美也子と尚人が歩くシーンは非日常的だ。

忍び込んでいるわけだからドキドキもする。

尚人と歩いていく中で美也子が彼に心を開いていく様子は印象的だ。

あまり自分の感情を話さない彼女がわりと何でも話しているんだから。

やはり尚人はそういう力があるのだろう。

 

そして尚人は登場人物たちの中ではフラットな物の考え方をする。

周囲のユウ上げ美也子下げには何か思うような表情だったし、美也子に父の跡を継がないのかと訊けるし、子供のときにピアノをやりたかったという美也子の言葉を肯定する。

この交流をきっかけに美也子はピアノの津軽塗に挑戦していくのだからやはり尚人はこの映画におけるキーパーソンだろう。

 

しかしそんな尚人をただの装置としないのもこの映画のポイントだ。

フラットな物の考え方な尚人だからこその生き辛さもスクリーンから伝わる。

ユウとは7年付き合っていると言っていた。

その7年間でどれだけ今の関係をごまかしてきたのかなと考える。

「僕らは夜行性なんだよ」という台詞からも普段の自分たちでいられるのは人の目のつかない夜だけと切なさが感じ取れる。

美也子が眺めていた弘前市のパートナーシップ協定のニュースも効いてくる。

残念ながら尚人たちが今いる所はまだ自分たちのことを普通とは見ない所なのだ。

だったらまだありのままの自分たちのことを受け入れてくれる場所に行った方がいい。

だから彼らはロンドンへ向かった。

せめてもの救いは葬儀の場面で青木家の面々や吉田のばっちゃが彼らを受け入れていることだろうか。

ユウとお幸せにと心底思います。

 

宮田さんについてあれこれ書くと長くなるし、この記事の本筋とはずれてしまう気がするので省きます。

宮田さん良かったと思いますとだけ書いておきます。

宮田さんのおかげでこの作品に出会えたわけですから本当にありがとうございますって感じです。

 

 

・まとめやら何やら

 

長々とレポート書くほどじゃないの感想をいくつか。

 

おじいさまはきっと施設を抜け出してまで自分の命が尽きる前に息子や孫に伝えたかったんだろうなと思うとおじいさまもキーパーソンよね。

 

原作でも吉田のばっちゃ好きだったんだけど映画でも好きだなって思った。

多分子供の時から美也子がしょげる度に吉田のばっちゃが慰めてたのかなと思っちゃう。

マジで一番の功労者。

 

美也子が「お兄ちゃん」と言うときと「ユウちゃん」と言うときの区別ってなんだろうって少し思った。

 

あと私がものすごく地味に気になったのは工房に響く時計の音と工房にかけられてあったカレンダー。

葬儀の時には飾られてなかったなあって、本当に些細なことなんですが。

 

そしてやっぱり津軽塗の工程を見せるシーンは圧巻だったと思った。

作業の合間に青木父娘がアイスを食べてるシーンが地味に和んで好きです。

あと漆の色彩はこんなにあるんだなと知りました。

 

とにもかくにも「良い」映画でした。

この映画を通して津軽塗のことが知れましたし、こういう古き良き芸術も大切にしたいなと思いました。

 

以上でレポート終了です。

ご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

・追記

 

ユウ→お兄ちゃんだって弘前にいるじゃんって美也子から言われたときの表情から思うに、ユウが弘前にいるのは尚人が弘前で働いてるからという理由だけだったのかなと思っちゃう。

その後の何かの連絡も尚人からなのかなと想像しちゃうと少しニヤつきました。

 

多美子→「後悔しても遅い」とか言われるとつまり自分は後悔の象徴なの?と思っちゃうからやっぱりあのシーンはきついと思っちゃう。

 

尚人→美也子が仕事先で尚人と遭遇する場面、尚人目線で考えると意味が変わってくる。

彼の視線の先には結婚の写真を撮るカップル。

それも彼の感じる生き辛さに通じると思う。